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東京地方裁判所 昭和57年(特わ)477号 判決 1982年10月28日

裁判所書記官

久保田堅蔵

(被告人の表示)

本籍

東京都墨田区墨田五丁目五四〇番地

住居

東京都台東区花川戸一丁目二番八号 コーポ花川戸八〇三号

会社員

勝田卓治

昭和一〇年一月一六日生

主文

一  被告人を懲役一年六月及び罰金五、〇〇〇万円に処する。

一  右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

一  この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大正鑿泉株式会社の代表取締役であるかたわら、営利を目的とし継続的に株式売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右株式売買を他人名義で行う等の方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五三年分の実際総所得金額が四、九〇一万六、六一六円(別紙(一)修正損益計算書参照)であり、これに対する所得税額が二、三六二万七、二〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)であったのにかかわらず、右所得税の納期限である同五四年三月一五日までに、東京都墨田区東向島二丁目七番一四号所在の所轄向島税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって不正の行為により同額の所得税を免れ、

第二  昭和五五年分の実際総所得金額が三億八、五一二万四、二八八円(別紙(二)修正損益計算書参照)であり、これに対する所得税額が二億七、三四五万一、二〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)であったのにかかわらず、右所得税の納期限である同五六年三月一五日までに、前記向島税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって不正の行為により同額の所得税を免れ、

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全般につき

一  被告人の当公判廷における供述及び検察官に対する供述調書六通

一  内田巽、大島康嗣、荒木武、安藤光男、前川俊博、高橋治幸、勝田汪子の検察官に対する各供述調書

一  収税官史作成の株式売買回数及び売買株数調査書(以下調査書は、いずれも収税官史が作成したものである。)判示第一、第二の事実ことに別紙(一)、(二)修正損益計算書中の勘定科目の内容につき

一  株式売買損益調査書(別紙(一)、(二)修正損益計算書の勘定科目中各<1>)

一  株式現物売買損益及び各年末株式残高調査書(同(一)、(二)の各<1>)

一  信用取引売買損益調査書(同(一)、(二)の各<1>)

一  信用配当金等調査書(同(一)、(二)の各<1>)

一  雑費調査書(同(一)、(二)の各<2>)

一  給与所得調査書(同(一)、(二)の各<4>、<5>)

判示第一、第二の事実ことに別紙税額計算書の各控除金額及び源泉微収税額につき

一  前記給与所得調査書

一  検察事務官作成の捜査報告書

(法令の適用)

一  罰条

各所為につき、行為時において昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項、裁判時において改正後の所得税法二三八条一、二項(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

一  刑種の選択

いずれも懲役刑及び罰金刑の併科

一  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

一  労役場留置

刑法一八条

一  刑の執行猶予

懲役刑につき、刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、養父から株式の生前贈与を受け、また、養父の遺産から株式等を相続した被告人が、大量の株式取引を行いながら、昭和五三年と同五五年分の株式売買による所得を秘匿した結果、総額二億九、七〇七万円余に上る所得税を免れたという事案であって、ほ脱額は同種の事案に比しても著しく高額であるうえ、両年分とも無申告である。ところで、被告人は、本件の動機に関し、昭和五三年分は過去の株式取引により被った損失をようやく取り返えしたという意識があって、このうえ税金を払ったのでは損をしてしまうと思ったとか、昭和五五年分は所有する株式が申告期限間近に至り暴落し同年分の利益を上回る損失となることがはっきりしたので、申告する気持になれなかった等と供述するが、昭和五三年分についての動機が右供述のとおりであるとしても、被告人は申告の必要があることを承知しながら敢えて申告しなかったものと認められ、情状において考慮できるものではなく、昭和五五年分についても、同年後半ころにはいわゆる誠備グループの投資家に対する強制捜査を目の当たりにしながら、納税資金を留保しておく等納税のための準備を何ら行わないで、売買益をそのままいわゆる仕手株の投資に振り向けたところ、その思惑が外れて前記のとおり暴落し、納税資金さえなくなってしまったというのが実情である。以上のとおり、本件犯行の動機ないし経緯について、特に斟酌すべき事情は存在しない。また、本件犯行の態様をみても、被告人は脱税の目的で証券外務員や親族名義の口座を本人には無断で設定したうえ本件株式取引を行っていたものであり、悪質な犯行というべきである。もっとも、被告人は、公判廷において、他人名義の口座を使用したのは、主として仕手株を売買するにあたり提灯買いを防止し、あるいは他の証券会社の営業担当者に自己が株式取引を行っている事実を知られたくなかったことによる旨供述し、脱税の目的でもあったとする捜査段階の供述とは異なる供述をするに至っている。しかし、被告人の扱った株式数、取引回数、他人名義による取引の状況等からして、被告人の取引が提灯買いを誘発し、被告人がこれを懸念していたものとはとうてい認められないので右被告人の公判供述はそのまま措信できないばかりか、複数の他人名義の口座を多数の店舗に分散して設定していること等を併せ考えると被告人が当局の追及を免れる目的で他人名義を使用したことは明らかである。

しかしながら他方において、被告人は、本件犯行を捜査段階から素直に認め、再び犯行に及ばないことを誓約するとともに、前記取引口座をすべて清算のうえ閉鎖し、今後株式取引から一切手を引く旨公判廷において供述し、さらに、本件につき期限後申告をするなど改悛の情を示していること、被告人は、昭和五六年に至り、その所有株式が大暴落を来し、これにより五億円以上の損失を被るなどして経済的に窮地に追い込まれたことから、期限後申告をしたものの、納付できず、残された被告人の資産の大部分が納税のため差押えを受けている状況にあること(もっとも、右株式の暴落による損失もその大部分は被告人が本件査察後に取引口座を閉鎖するため所有株式を処分したことにより生じたものであって、昭和五五年分の申告期限や本件査察前に既に生じていた損失は全体からみるとそれ程の割合を占めていないことを考えると、右損失の事実を量刑上被告人に有利に考慮するとしても、そこにはおのずから限度があるといわざるを得ない。また、被告人は本件発覚後妻と離婚し、その際同女に対し、自己のものと同様に運用処分してきた約一億円に上る株式のほか住居として使用してきた土地家屋をそのまま分与しているが、このことも大きな原因となって現在前記のとおり納税も思うに任せない状態にあると考えられるので、被告人が養父から引継いだ株式等を含め殆んどの財産を喪失している現在の状態を弁護人主張のように情状として過大に評価することはできない。)その他、本件を機に被告人は大正鑿泉株式会社の役員を辞任するなど相応の社会的制裁を受けていること、被告人には前科前歴がないことなど被告人に有利な事情も認められるので、これらの情状をも総合考慮して主文のとおり刑を量定した。

(求刑 懲役一年六月及び罰金六、〇〇〇万円)

よって主文のとおり判決する。

出席検察官 江川功

弁護人 上代琢禅(主任)・黒木芳男

(裁判長裁判官 小泉佑康 裁判官 羽渕清司 裁判官 園部秀穂)

別紙(一) 修正損益計算書

勝田卓治

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

<省略>

別紙(二)

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

<省略>

別紙(三) 税額計算書

<省略>

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